コンサル森中の強烈な挫折から学ぶ、失敗は成功のもと
個人事務所 Revenue increase(レベニュー インクリース)代表 森中 洋です。
大阪府茨木市にて介護業界専門の稼働率向上/人材確保/人材育成/経営改善/のコンサルを生業としております
老健、特養、住宅型有料、グループホーム、サ高住、訪問介護、訪問看護どのサービス種別でも対応しております。
(現在は大阪と奈良、兵庫にてコンサル、顧問活動の計5件)
お読み頂いた方に少しでも有益な情報を伝えたくブログを書かせて頂いております。
突然ですが私、今は充実した生活をしております。
仕事もお金の面でも。

ただ、今に至るまでには様々な失敗をしてきました。
数えたらきりがありません。
土下座、殴られるなども何度もしてきました(笑)

もしかしたら介護・福祉業界で働いている人限定で言ったら、かなりの
苦い経験をしてきたのではないでしょうか?
そういう出来事を乗り越えて、今ここまで来ております。
私がこのブログを始めたのも、私の知識や経験を皆様に少しでも知って頂き
経営に活かして頂いたり、自己研鑽に活かして頂いたりしたいという想いでした。
学びには当然、経験談に基づく知識なども非常に有効ですが、大きな失敗や挫折
をお話する事からも学びがあると思います。
また失敗談をお話するのには、もう一つの狙いがあります。
自分の失敗をお話するのは、なかなか恥ずかしい事です。
ですが、このような話をする事により、毎回毎回書かせて頂いている記事にも
人間味がでるのではないかと思います。
私は本当に日本全国の介護施設の経営を助け、力になりたいと思っております。
ただ、コンサルという職業はなぜかあまり良い印象をもたれる事はありません。
それは世の中に能力のない、結果も出さない、現場にも行かずただ指示だけを
出すようなコンサルが多いからです。
一部のコンサルが印象を悪くしているんです(頑張っている方も沢山いらっしゃいます)
失敗談を話す事により、人間味を感じて頂き、このブログを読んで頂いている
方々との距離を近づけたいんです。
私自身を知ってもらい、コンサルのイメージを変えたいんです。
今コロナ禍の日本には本当にコンサルの力が必要な介護施設もたくさんあるんです。
ただ、コンサルのイメージが悪いが故にコンサルを頼まない介護施設も多いんです。
長くなりましたがそんな気持ちがあり、今回【強烈な挫折と学び】というテーマ
でお話させて頂きます。
【コンサル森中の強烈な挫折と学び】
私、コンサル業での独立までは介護事業の社長業(雇われ)をしておりました。
【事業規模】
通所介護事業(デイサービス)2事業所
訪問介護サービス 1事業所
居宅介護サービス 1事業所
コンサル業 1事業所
有難い事に金銭面や仕事共に充実し安定した生活をしておりました。
じゃあなんで独立したの?
となりますよね。
独立と恰好の良い書き方をしておりますが、実は「解雇」されたんです。
温情で解雇ではなく独立へとレールを引いてもらったんです。
私の間違った言動により自分自身でそういう結果にしてしまったんです。
私は介護事業の社長業をしている中でコンサル部門の長も兼任しておりました。。
社長業も忙しく、またコンサル業もしていると他の法人に出ている事が多く、
週4日はコンサル業、週1日が自事業仕事というスケジュールになってしまう事も多々ありました。
そして自事業の介護職員とのコミュニケーションがだんだんと取れなくなっていきました。
私はそこも理解はしておりました。
また自事業の職員の皆には理解して頂いていると思っておりました。
思い込んでおりました。
社著業をしていた時の法人の規模感は見て頂けましたよね。
そこまで大きな規模ではありませんでした。
私は介護業界は厳しい、少しでも収益を上げて行かなければ。介護保険外の収益を得て、
それを介護職員の皆様に給与もしくは賞与に上乗せして還元しなければと強い想いを持っておりました。
自事業の規模感を見ると、5年10年後の未来が見えないと強い危機感を持っていたんです。
その想いは間違いなく正しい。私は間違った事はしていない。
私が皆の雇用を守るんだ。
という想いというか、信念ですね。
信念を貫き通しておりました。
ただ、現実は違ったんです。
気付いた時には周りに誰もいませんでした。
職員の皆さんは外ばかりみて中をみなくなった。信頼関係が図れない。厳しい、きつい・・・・・
ついて行けない、いつしかそんな思いをもっていたんです。
あんなに慕っていた介護職員も、あんなに仲の良かった施設長も・・・・・
コンサル先の職員の皆様や、経営者である代表と取締役社長や理事長からは気に入られ
自事業の介護職員からは誰からも相手にしてもらえなかったんです。
今思えばここが運命の別れ道だったと思います。

ここで言動を改めておけば、そのまま社長業を続けられていたと思います。
しかし私はそんな状況でも、信念を貫き通してしまいました。
心では「嫌われようが、何をしようが私は私のやり方で職員の生活を豊かにするんだ」
「皆が間違っている」「私が正しい」
とむしろより闘争心に火がついた状況でした。
どうなるかわかりますよね。
本業の介護職員の皆様からは「あの社長にはついていけない」
代表取締役へ嘆願がでました。
あとで聞くと、一番信頼していた職員が直接代表取締役に
嘆願に行ったようでした。
その先に待っているのは地獄です。

代表取締役からは温情でしょうね。呼び出しを受け、退職ではなく独立を促されました。
そして明日から有給とと通達され。有給の消化に入りました。
更に代表取締役からは退職の挨拶は良いよ、返却物は郵送でと言われました。
書き方、表現がきつく見えますが、代表取締役は優しく丁寧に説明し、感謝も伝えて
くれました。私も非常にお世話になった方なので、その時は申し訳なく、感謝しかありません
でした。
なんででしょうね。
代表取締役には感謝も申し訳ない気持ちもあったのに、私はその時、職員には合わないでくれと
遠回しに言われていると勝手に解釈してしまいました。
職場に荷物もあったので、誰にも会わないように朝5時に職場へ行き、デスクを片付けました。
すくなくとも私が社長という大役を担い、事業としての収益は劇的に上がりました。
本来結果を出した者が退職する時は華々しい退職のセレモニー(大げさ)がある。
それを経験として見てきたのに「ありがとうございました」という華がデスクにあっただけでした。
その時は怒りや悲しさなど様々な感情ばかりでした。

逃げるように車に乗りその場を去りました。
それ以降は一度も足を運んでおりません。
近辺もうろついた事はありません。
こわくて近づけないんです。
情けないですね。
2~3年前の事です。
今思い出しても辛くなります。
ただこの強烈な挫折が大きく成長もさせてくれました。

【挫折から学んだこと】
➀コミュニケーションの重要性
どんなに忙しくても些細な雑談などの日常会話をして、職員の皆さんとのコミュニケーションを図る事を重視しなければいけませんでした。
仕事における、やりがいや価値は報酬のような目に見える現物だけではなく
感情面の繋がりも重要だという事に気づきました。
②情報の可視化
仕事をしている以上、絶対に不満はなくなりません。「待遇」「はたらきやすい職場」「人の好き嫌い」「企業方針が理解できない」
色々あると思います。
ただ、不満はなくなりませんが、納得はさせる事は出来ると思います。
そのためには「今こういう動きをしているのは、こういう未来があるからだ」
「この仕事は職員の待遇を良くするためだ」
「これをやれば、今後介護報酬が下がった時の補填ができる」
「経営者は職員の雇用を守る事が重要だ」
「私がこれを行えば、収益が〇〇万ある。それをもっとこう使いたい」
当然経営者として言えないレベルの話はあるかと思いますが、出来るだけの
情報を可視化し職員の皆様と同じレベルで共有するべきでした。
不満はなくならないにしても納得はしてくれたと思います。
これらは今も大切にしている考えです。
極力内緒にしません。共有できるものは共有する事にしております。
内緒にしている事があれば憶測・推測で尾びれ・背びれが付く、ただし
可視化していて共有していれば、不要な憶測・推測も生まれません。
また会話内容を包み隠さないので、本心に近い話ができるようになりました。
今は例え職員の皆様に良い話ではなくとも、本心で話しているのが伝わるのか
納得してくれるようになりました。
どうですか?
私の強烈な挫折。
少し恥ずかしい話でしたね。
でもこの挫折がなければ今の私はいません。
もしかしたら今も社長業を続けていたかもしれません。
ブログを書いていなかったかもしれません。
人間は必ず失敗します。その時にその失敗をどう活かすのかが
非常に重要です。そして失敗は必ず人を成長させます。
この内容を読んで頂き、少しでも自己研鑽や学びのヒントになればと心から願います。
そして私という人間を知って頂ければうれしいです。
少しでも読んで頂いている皆様との距離が近づく事を祈り締めさせて頂きます。
長文をお読み頂き、有難うございました。





